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水戸地方裁判所 昭和47年(ワ)379号 判決

原告

辻正一

右訴訟代理人

岩崎英正

外二名

被告

鹿島臨海工業地帯開発組合

右代表者

竹内藤男

右訴訟代理人

中井川舜一

主文

原告の別紙第一目録記載の土地の所有権移転登記手続を求める第一次請求を棄却する。

被告は原告に対し、別紙第一目録記載の土地につき、昭和四五年五月一九日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その一を原告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一別紙第一の土地所有権に基づく所有権移転登記を求める第一次請求について

一被告が昭和四五年五月一九日別紙第一の土地を代金四七万六、〇九六円で原告に売渡し、原告は同年七月四日右代金を被告に支払つたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、別紙第一の土地は原野であることが認められ、〈証拠〉によると、別紙第一の土地を原告に引渡す時期は売買代金の支払と同時に行う約定であつたことが認められ、他に別紙第一の土地の所有権移転の時期について特に約定のあつたことを認めるに足る資料のない本件においては、右引渡の時期が別紙第一の土地の所有権移転の時期をも定めたものと認めるのが相当である。他に右認定を妨げる証拠はない。

そうすると原告は、別紙第一の土地の売渡契約によつて、その代金支払と同時にその所有権を取得したものというべきである。

二被告の詐欺の抗弁について判断する。

(一)  A、B二通の念書が原告に交付されたこと、念書は代替地の売渡契約締結の際被告に返すべきものであること、しかるに原告は別紙第一の土地の売渡契約締結の際、B念書を被告に返したが、A念書を返さなかつたことは当事者間に争いがない。

(二)  ところで〈証拠〉によると次の事実が認められる。

(イ) 鹿島臨海都市計画、鹿島臨海工業団地造成事業は、都市計画法第三条及び首都圏の近効整備地帯及び都市開発区域の整備に関する法律第四条によつて事業決定されたもので、事業の施行は茨城県がする旨決定されていたこと、被告は右事業に関係する茨城県、鹿島町、神栖町、波崎町が、鹿島臨海工業地帯造成のために必要な用地の取得、管理及び処分に関する事務を共同処理する目的で設立(地方自治法第二八四条一項)されたものであること、右用地の取得方式は、被告が事業施行区域内の土地を所有者から有償で取得し、施行区域内に住所を有する者に対しては被告が取得した土地面積の六割を(いわゆる4.6方式)、住所を有しない者に対しては同じくその面積の五割の代替地を、被告の指定した土地をその指定した価額で将来売渡す方式をとつたこと、

(ロ) 被告は右方式により、原告と別紙第二の土地の買収契約を締結し(このことは当事者間に争いがない。)、施行区域に住所を有しない原告に対しては、将来別紙第二の土地の面積の五割に当る三、〇二四平方メートルの代替地を原告に売渡すことを約し、代替地の面積を除いた土地の面積に応じた生業資金を原告に交付することを約したこと、原告が別紙第二の土地を昭和四二年八月二九日訴外都市開発株式会社から金八五四万円で買受けたのに対し、これを被告に売渡したのは代金六七万〇、八四〇円(交付金、謝金等を含めても金一〇七万七〇一五円)であるが、その差額は将来被告から売渡を受けるべき代替地の価額差によつて埋められることを予定されたものであつて、代替地の売渡は、別紙第二の土地の買収契約の重要な内容となつていたこと、

(ハ) 代替地の売渡については、その範囲について買収契約のときその所在地を字の範囲で指定する場合と、その範囲について指定のない場合とがあつたが、原告に対してはその範囲について指定がなかつたこと、その売渡しの時期は、被告の事業が進行し、原告に代替地として売渡し得る土地が生じたときに、被告がその土地の範囲を特定し、価額を決定して原告に通知し、原告がこれを買受ける旨意思表示したとき売買契約は成立し、これを明らかにするため売買契約書を作成することが予定されていたこと、原告が被告の指定した代替地を買受けるかどうかはその自由意思によるものであつて、原告がこれを放棄することは許されること、

(ニ) 被告は代替地の売渡を約した証として、買収土地の所有者に対し、買収契約締結の際念書を交付したが、原告に交付された念書の内容は別紙第三記載のとおりであること、原告に念書が二通交付されたのは被告の事務上の手違いからであり、被告の職員はその事実を別紙第一の土地の売渡契約の締結当時知らなかつたこと、原告は念書が二通発行されていることを知りながら、B念書だけを被告に返還して別紙第一の土地の売渡契約を締結したこと、代替地の売渡を受け得る権利は念書の売買という形で転々と処分される様になつたので、被告はこれを整理するため念書整理台帳を設け、その書替申請手続の用式を定め、念書の譲渡の通知があつたときはこれを記帳する手続をとる様になつたこと、

他に右認定を動かす証拠はない。

(三)  右認定の事実によると、別紙第二の土地の買収契約締結の際約定された代替地の売渡しは、売買の予約(原告の念書は、いわゆる指定念書と異り、土地の個性に着眼したものではないから、制限種類売買と解する。)とみるのが相当であり、その契約上の地位はこれを譲渡することができ、その譲渡の対抗要件は指名債権譲渡と同様とみられ、そして被告が交付した念書は、その権利を化体したものではなく、せいぜい右売買予約上の権利を証するための証拠として作成されたものにすぎず、しかも予約者と、代替地売渡しの本契約が締結されたときは、それまでに売買予約上の権利の譲渡につき被告が承諾するか又は譲渡の通知を受けない限り他に権利を主張するものがあつても、その者を予約上の権利者として扱わなければならない理由はなく、本契約の相手方に対し所有権移転登記をすれば足りるのであつて、被告は念書の返還を受けない場合でも何等の不利益を受けないものである。被告は別紙第一の土地の売渡契約締結までに原告の予約上の権利の譲渡の通知を受けたり、その承諾をした事実はなく、念書の返納義務は、売買予約上の権利者を確保する一つの補助手段であり、その返納がない場合でも、前記の債権譲渡の対抗要件を備えた者がいない以上、念書の返納に代る確認書をもつてこれに代え得る程度のもの(念書が滅失した場合を考えれば明らかである。)と考えられ、又別紙第一の土地の売渡契約は、別紙第二の土地の買収契約に伴い締結された売買の予約に基づく本契約として締結されたもので、その予約完結権が原告にある以上、被告は別紙第一の土地の売渡契約の成立を拒むことができない関係にあつたものというべく、従つて、原告がA、B二通の念書が発行されていたのに、これを原告に告げず、しかもA念書の返還をしないで別紙第一の土地の売渡契約を締結したことは責めらるべきことではあるが、そのことと別紙第一の土地の売渡契約の成立との間には因果関係を有しないものとみるのが相当である。よつて被告の詐欺の抗弁はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

三被告は、A念書の返納が履行不能となつたので、別紙第一の土地の売渡契約を解除すると主張するけれども、念書はそれ自体有価物ではなく、単なる証拠書類であつて、これが返納されなかつたからといつて、被告の法律上の地位に不安や危険を生ずるものではなく、又念書の返納義務は確認書をもつて代えられる程度のものであること前認定のとおりであつて、原告がこれを返納することができなくなつたからといつて、別紙第一の土地の売渡契約の解除権が発生するものとはとうてい解されない。

従つて被告の契約解除の主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

四そこで原告が別紙第一の土地の所有権を失つたとの抗弁について判断する。

(一)  〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

原告は、投資の目的で別紙第二の土地を買受け、その代替地として別紙第一の土地の売渡を受け、その現地を見たが値上りの遅い土地と判断し、昭和四五年八月一五日頃波崎町に住んでいた不動産業者訴外福富に対し、別紙第一の土地と七三平方メートルの土地の売買予約上の権利を処分し、これに代るべき土地の買受を依頼したこと、当時別紙第一の土地の売渡契約締結後であつたが、原告と訴外福富は、その処分手続については未登記であつたため予約上の権利の譲渡方法と同一方法によるものと考えていたため、原告から訴外福富に対し、受任者と委任事項白紙の委任状に原告が署名押印し(乙四号証)、原告が交付を受けた自己の印鑑証明書(乙五号証)、被告が定めた念書名義人書換の申請書用紙の「別添の念書(A念書)の全面積三、〇二四平方メートル全部を下記の者に譲渡したので念書名義人の書換を申請する」旨記載のある申請人欄に、原告が署名押印し(乙第六号証、但し、譲受人住所、氏名、譲受面積の記載は白紙)、これらの書類とともにA念書(乙第一三号証)を交付したこと、訴外福富は、原告の右委任の趣旨に従つて、不動産業者の訴外古谷昌雄、訴外佐藤吉治等を介してその交渉をした結果、昭和四五年八月一八日頃、銚子市の吉野屋において、原告の代理人福富、訴外古谷、同安藤良治、同青野聖雄、同佐藤吉治が集り、先ず原告が買受けた別紙第一の土地と、代替地売買予約上の権利七三平方メートル全部を訴外青野が代金一、二〇〇万円で買受けてその代金を支払い、その後に訴外安藤良治が買受けていた鹿島郡波崎町太田字但馬山一、四八八番の二山林九九一平方メートル、同番の三山林九九一平方メートル、同番の四山林九九一平方メートル(以下但馬山の三筆の土地という。)を訴外古谷が買受け、これを更に原告の代理人福富が代金九〇〇万円で買受け、同日青野から受取つた代金の一部金二五〇万円を支払い、残金六五〇万円を同月二一日頃支払い、水戸地方法務局昭和四五年八月二七日受付第四、四〇四号をもつて中間登記を省略して原告名義に所有権移転登記を了したこと、訴外青野聖雄は、その後間もなく被告に対し、〈証拠〉を利用して念書整理台帳の書替申請をしたこと、原告は訴外福富から但馬山の三筆の土地の権利証の交付を受けたが、その後右土地の分筆のため使用するというので、権利証と印鑑証明書を訴外福富に交付したところ、訴外福富はこれを使用して但馬山の三筆の土地を、昭和四五年一一月二四日自己名義に所有権移転登記をなし、更に同年一二月一日訴外竹中直次郎に対し所有権移転登記をなし、行方をくらましたこと、

もつとも、右認定に反する〈証拠〉があるけれどもこれらは前掲証拠に対比して採用できず、他に右認定を覆す証拠はない。

(二)  右認定の事実によると原告の代理人訴外福富は、訴外青野聖雄に対し、別紙第一の土地(もつともその売買の形式は念書の譲渡の形式をとつているけれども、当時売買予約上の権利のうち、別紙第一の土地部分の面積については本契約の締結によつて所有権となつていたが、これが未登記のため売買予約上の権利七三平方メートルの買受権と同一手続で譲渡できるものと解していた結果であつて、かかる譲渡形式ではあつても、売買の目的物の特定としては有効のものと解するのが相当であり別紙第一の土地については所有権そのものを売買したものと解するのが相当である。)を売渡したものというべく、従つて原告はこれによつて別紙第一の土地の所有権を失つた。そうすると原告の別紙第一の土地の所有権に基づく所有権移転登記手続請求は理由がないことに帰する。

第二別紙第一の土地の売買契約に基づく所有権移転登記請求について

一原告が昭和四五年五月一九日被告から別紙第一の土地を買受けたこと、被告の詐欺による取消ならびに契約解除の抗弁が理由がないこと前叙のとおりである。

二ところで原告は、別紙第一の土地の所有権を訴外青野に譲渡したこと前認定のとおりであるが、売買契約に基づく登記請求権は、買受人が他に所有権を譲渡した場合でも、契約の当事者と第三取得者間において、中間省略の登記をする旨の合意をする等特段の事情のない(第三取得者たる青野において所有権移転登記を得たときは、これが実体上の権利関係に符合するものとして、買受人たる原告の第三取得者に対する所有権移転登記義務は、いわば目的到達によつて消滅するものと解し得るけれども、未だ所有権取得登記が売渡人たる被告にある以上、原告が訴外青野に処分し、その代金を受領したからといつて、原告の訴外青野に対する所有権移転登記義務は消滅する理由がなく、これと同時に原告の被告に対する所有権移転登記請求権にも消長を及ぼすものではない。)限りこれを失うことはないものと解するのが相当であるところ、本件では、前認定のとおり訴外青野が別紙第一の土地を買受けた後、原告の作成した念書名義書換申請書を被告に提出しているけれども、これをもつて中間省略登記の合意と解するには無理があるし、他に特段の事情について主張立証のない本件においては、被告は原告に対し、別紙第一の土地の売渡契約に基づく所有権移転登記手続をする義務がある。

第三七三平方メートルの土地の所有権移転登記請求又は損害賠償を求める請求について

一被告が別紙第二の土地の買収契約に伴い、代替地三〇二四平方メートルを買受ける権利を取得したが、別紙第一の土地の売買契約が成立した結果、売買の予約上の権利は七三平方メートルとなつたことは前叙のとおりである。

二そして売買予約上の権利はこれを譲渡することができ、その対抗要件は指名債権譲渡の方法によるべきこと前叙のとおりであるところ、原告は右七三平方メートルの売渡を受ける権利を訴外青野に譲渡し、訴外青野は原告の作成した念書書換申請書(乙第六号証)の白紙部分であつた譲受者住所、氏名、譲受面積を、「波崎町九、〇一二―二、青野聖雄、三、〇二四平方メートル」と補充したこと、訴外青野は昭和四五年九月頃被告にこれを提出したことは〈証拠〉によつて認められるところであつて、右書換請求は売買の予約上の権利の譲渡通知とみるのが相当である。

原告は、七三平方メートルの代替地の売買予約上の権利を訴外青野に譲渡する契約をしたとしても、右契約は無効なA念書によつてなされたものであるからその効力は生じないというけれども、前叙のとおり念書は売買予約上の権利の証拠にすぎないから、実体上の権利変動の効力とは直接のかかわり合いはない(もつとも原告の右主張は、A念書が発行されたときは未だ売買予約上の権利は生じていないとの前提に立つものであるけれども、訴外青野に譲渡した昭和四五年八月一八日頃には既に売買予約の効力が生じていたものであり、これが売買の目的とされたこと前認定のとおりである。)。

三そこで原告の双方代理の再抗弁について判断する。

(一)  被告に対する念書書替申請書の提出が譲受人の訴外青野によつてなされたこと前叙のとおりである。

しかし、前認定のとおり、念書書替申請書は原告において被告から交付を受けた申請書用紙に、念書の三、〇二四平方メートルを後記の者に譲渡したので、念書名義人を書替えるよう申請する旨の書面に原告自ら署名押印したものであり、譲受人欄の記載が白紙であつたけれども、これは処分を委任した訴外福富が譲渡した第三者を予定したものであるから、本人たる原告が、予め譲受人によつてなされることを承諾したものというべく、又右申請書に表示された原告の債権譲渡の通知はそれ自体完成したものとみるのに妨げがないから、新な利害関係を生じさせる意味を持つ行為とは解されないので、これを被告に提出したのが訴外青野であつたからといつて、民法一〇八条の双方代理に当るということはできない(なお、申請書(乙第六号証)に私こと昭和四三年二月二日貴殿から交付された別添の念書についてはその全面積三、〇二四平方メートルを後記の者に譲渡した旨の記載があるが、原告と被告間に締結された代替地の売買の予約が数ケあつたものではなく、一ケしかなかつたものであり、しかも前認定のとおり、昭和四三年一〇月一五日成立した別紙第二の土地の買収契約は、一度昭和四三年二月二日を予定日とされたが、後にこれを昭和四三年一〇月一五日に変更されたものであつて(乙第二号証)、交付公債支払通知書(甲第一三号証の二)、生業資金交付約定書(甲第八号証)は昭和四三年二月二日付のままになつていることからみて、昭和四三年二月二日付のA念書は、昭和四三年一〇月一五日付契約と無縁のものではなく、当事者間においてはこれが特定に問題はないものとみられる。)。

そうすると、原告の被告に対する七三平方メートルの売買予約上の権利は訴外青野に移転し、その対抗要件を取得したものであるから、原告はその権利を失つたものというほかはない。従つてこれが権利を有することを前提とする原告の主張は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。

第四結論

よつて原告の別紙第一の土地の所有権に基づく所有権移転登記手続を求める第一次請求は理由がないのでこれを棄却し、売買契約に基づく別紙第一の土地の所有権移転登記手続を求める第二次請求は理由があるので正当として認容し、その余の原告の請求はいずれも理由がないので失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民訴法九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(菅原敏彦)

〈別紙第一ないし第三省略〉

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